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福岡地方裁判所 平成9年(行ウ)32号 判決 1999年5月25日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告が、原告に対し、平成六年七月二〇日付けでした別紙物件目録記載一の農地に関する賃貸借契約解約申入れ不許可処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等(証拠によって認定した事実については、末尾に証拠を摘示した。)

1(一)  原告は、別紙物件目録記載一の農地(以下「本件農地」という。)を所有している。

(二)  原告は、昭和四九年六月一日、参加人の父である訴外Aに対し、本件農地を期間五年間、賃料年額四一三四円との約定で賃貸した。

(三)  原告は、Aの死亡に伴い、昭和五四年五月一八日、参加人に対し、本件農地を期間は同年六月一日から三年間、賃料は年額五九八〇円との約定で賃貸した(以下「本件契約」という。)。その後、本件契約は、順次更新され、賃料についてもその途中で改訂され、本件処分当時は年額二万四〇〇〇円であった(現在も同額)。

2  農地法二〇条によれば、農地の賃貸借の当事者は、同条一項各号の一に該当する場合を除き、都道府県知事の許可を受けなければ、賃貸借の解除をし、解約の申入れをし、合意による解約をし、又は賃貸借の更新をしない旨の通知をしてはならないとされ(同条一項)、右の都道府県知事の許可を受けないでした行為は、その効力を生じないとされている(同条五項)。そして、同条二項により、同項各号に掲げる場合でなければ、都道府県知事は右の許可をしてはならないとされている。

3(一)  原告は、平成四年七月二四日、農地法二〇条一項及び同法施行規則(平成五年八月二日農林水産省令第四一号による改正前のもの)一四条に基づき、前原町農業委員会を経由して被告に対し、原告は無農薬栽培に関心を持って研究しており、その研究農場として本件農地が必要であるとして、本件契約解約申入れの許可申請をし(以下「本件申請」という。)、前原市農業委員会(平成四年一〇月一日市政施行)は、同年一一月一〇日、無条件で許可するのが相当であるとの意見書を付して被告に進達した(乙四ないし六。原告が本件申請をしたこと自体は争いがない。)。

(二)  被告は、これを受けて、平成五年六月三日に原告の妻であるBから、同月二四日に参加人及び参加人の三男であるCからそれぞれ事情聴取した上(乙七、八)、平成六年七月二〇日、原告の本件契約の解約の申入れは農地法二〇条二項各号に該当しないとして、本件処分をした。

4  原告は、本件処分を不服として、平成六年九月九日、農林水産大臣に対して審査請求をしたが、同大臣は、平成九年九月八日、右審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二  争点

1  農地法二〇条二項三号の解釈

(原告の主張)

農地法二〇条二項は、三号において、農地等の賃貸借の解約等を許可する場合の一つとして、「賃借人の生計(法人にあっては、経営)、賃貸人の経営能力等を考慮し、賃貸人がその農地又は牧草放牧地を耕作又は養畜の事業に供することを相当とする場合」を掲げているが、同号は、<1>賃借人の生計を考慮して、賃貸借契約解消の結果、賃借人が従来してきたような相当の生活を維持することが困難となるおそれがある場合は許可しないし、<2>賃貸人の経営能力を考慮して、賃貸人が自作するにあたり、その労働力、技術及び施設などから見て、その土地の生産力を十分に発揮できるような経営が可能であるという見通しがつかなければ許可しないという趣旨である。

(被告の主張)

同号に該当するか否かを判断するに当たっては、賃貸借の消滅によって賃借人の相当の生活の維持が困難となるおそれはないか、賃貸人が土地の生産力を十分に発揮させる経営を自ら行うことがその者の労働力、技術、施設等の点からみて確実と認められるか等の事情を判断の基礎とするべきである。そして、「賃貸人が耕作に供することを相当とする場合」とは、賃貸人が、生活上その他の事情により、相当高度に自作を必要とする場合であることを要すると解すべきであって、単に自作すれぱその生活がより向上されるというような事情にすぎない場合は、これに該当しない。

2  本件が農地法二〇条二項三号に該当するか

(原告の主張)

(一) 参加人の生計について

本件農地の賃借人である参加人は、自己所有の農地はすべて処分し、それを原資として自己所有の福岡県前原市<以下略>、同<以下略>の土地上に鉄骨スレート葺三階建ての店舗兼共同住宅等、多数のアパート等を建設し、これらのアパート経営による収入で生計を立てている。この不動産業を営んでいるのは、表向きはCであるが、実質的には参加人であり、参加人は、この不動産関係の給料収入と年金収入により、年間七二〇万円を超える収入を得ている。

したがって、参加人による本件農地の耕作は、老後の趣味にすぎず、本件農地を原告に返還したとしても、右の収入により十分生計が成り立つのであり、参加人の従来の生活水準は維持できる。

(二) 原告の経営能力等について

(1) 原告夫婦は、住所地において共同して米穀店を経営しているが、現在同店は赤字経営が続き、農業に力を入れなければ原告夫婦の生計が成り立たない状態である。

(2) 原告夫婦は、昭和六〇年ごろ新聞記事で見た無農薬農法に興味を持ち始め、別紙物件目録記載二(一)(1)ないし(5)の自己所有の土地(以下、同目録記載二の各土地については、「本件二(一)の土地」などという。)で、「タヂカラ農法」(自然塩の製造過程でできる苦土に、二価鉄を混ぜた「タヂカラ」という肥料を使う無農薬農法)による耕作を開始した。原告は、ミニトラクター一台、草刈機一台を所有し、本件二(二)(1)、(2)、(三)、(四)の農地(本件処分当時で約五反一畝)を借地して、タヂカラ農法により耕作し、大根、ネギ、キャベツ等相当量の農作物の収穫を得て、原告夫婦の消費分を全て賄っている。

原告夫婦は、米穀店よりも農業に力を入れており、その経営実績及び経営能力は十分にある。

(3) また、原告は、農業従事者や主婦を対象に、タヂカラ農法の講習会をしたり、無農薬野菜の試食をさせるなど、農業の指導者的立場も担っており、今後タヂカラ農法を研究し、推進させる上で、本件農地は是非とも必要である。

(三) 以上のとおり、本件農地は、賃貸人である原告が耕作に供することを相当とする場合に当たるから、本件処分は取り消されるべきである。

(被告の主張)

(一) 参加人の生計について

参加人は、現在無職であり、本件農地以外に農地を所有ないし賃借しておらず、もっぱら本件農地のみを耕作して、大豆、かぼちゃ、グリーンピース等の作物を栽培し、自ら消費するほか、一部を販売している。仮に、参加人が本件農地を原告に返還することになれば、耕作する土地はなくなり、これまで自ら消費してきた収穫物がなくなることになって、その生計維持に少なからず影響を及ぼすことになる。

(二) 原告の経営能力等について

(1) 原告の主張(二)(1)は否認する。

原告の本業である米穀店の収支は、少なくとも本件処分前後に当たる平成四年及び同五年には黒字であったし、また、本件処分に先立つ被告側の事情聴取に対し、原告側は、「後々問題が起こらないのであれば、(参加人と)一〇年契約をしてもかまわない。」と述べていて、原告が本件農地の返還を受ける必要性や緊急性は認められないから、原告が農業に力を入れなければ原告夫婦の生計が成り立たないとはいえない。

(2) 原告が、本件二の各土地を耕作していたことは知らない。

なお、本件二の(一)の各土地は、地目が山林であり、現況地目もその大部分が山林であって、現在一部開墾されている部分は家庭菜園程度の規模である。また、原告が賃借して耕作しているとする本件二の(二)(1)、(2)、(四)の各土地については、原告は、農地法三条の規定による農業委員会の許可を受けておらず、これらの土地について法律上正当な耕作権原を有していないから、仮に原告がこれらの各土地を耕作していたとしても、その状態は農地法違反として直ちに解消されるべきものであり、原告の安定した農業経営能力を裏付けるものではない。

(3) 原告は、本件処分当時は草刈機二台を所有していたにすぎず、農業従事者として十分な設備を有していたとはいえない。

(4) 原告が採用しているとするタヂカラ農法の有効性、普遍性については大いに疑問があるし、仮にタヂカラ農法が原告主張のとおりの有効性を有していたとしても、本件農地の面積や立地条件からすると、参加人が本件農地を耕作した場合と比較して収穫量に差が出るとは考えられない。

(5) 本件処分当時、原告夫婦は高度かつ効率的な農業経営や、営農規模の拡大を進めていたものではなく、米穀店経営の傍ら余暇時間を利用して、自給自足を目的とした実習田の取得や耕作の実験を行っていたにすぎず、原告に近代的・効率的な農業経営能力があるとはいえない。

(三) 以上によれば、原告が本件農地を耕作することを相当とする場合にはあたらないから、被告のした本件処分は正当である。

(四)(1) 行政庁は、賃貸借解約申入れ等に許可事由があるか否かの判断に当たり、農地法の目的である農業経営の近代化・合理化という農業政策的要請と、耕作者の地位の安定の要請とを比較衡量して行うことになるが、前者の要請の判断に当たっては、高度で専門的・技術的事項への配慮も必要とされるから、行政庁の許可・不許可の判断には、広範な裁量が認められるべきであり、したがって、裁判所は処分当時の事情を下にしてされた行政庁の判断が裁量の範囲を明らかに逸脱しているとの事情が認められる場合に限り、処分が違法である旨を判断できるというべきである。

(2) 右(一)ないし(三)からすれば、本件処分は、被告のした判断が被告の裁量の範囲を明らかに逸脱しているとはいえないから、このことからしても本件処分は適法である。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(農地法二〇条二項三号の解釈)について

1  農地法は、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護し、並びに土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整し、もって耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ることを目的としている(農地法一条)から、農地法の各規定の解釈に当たっては、右の、耕作者の地位の安定という社会政策的要請と、農業生産力の増進という農業政策的要請との調整を図ろうとする農地法の目的に沿って解釈するのが相当である。同法二〇条は、民法の原則に修正を加え、農地等の賃貸借の当事者が、賃貸借の解除、解約の申入れ等の賃貸借解消行為を行うには、原則として、都道府県知事の許可を受けることを要するとし(同条一項)、都道府県知事は、同条二項各号に掲げる場合でなければ許可してはならないとしている(同条二項)ところ、右の農地法の目的からすれば、都道府県知事が行う許可・不許可の判断に当たっては、耕作者である賃借人の地位の安定と、賃貸借を解消することによる農業生産力の増進とを調整して、許可すべきか否かを決すべきであると解するのが相当である。

2  以上を前提に、どのような場合が、同条二項三号にいう「賃借人の生計、賃貸人の経営能力等を考慮し、賃貸人がその農地を耕作に供することを相当とする場合」に該当するのかについて検討する。

同号は、「賃借人の生計」を考慮するとしているが、農地法が、耕作者の地位の安定を目的の一つとして掲げていることからすれば、賃借人が、賃借している農地等を賃貸人に返還することにより、従前の生活水準を維持することが困難とならないかどうかが、右判断の重要な要素となると解すべきである。また、同号は「賃貸人の経営能力」をも考慮するとしているが、農地法は、農業生産力の増進を図ることも目的として掲げているから、賃貸人が農地等の返還を受けた場合に、その経営能力や施設等からみて農業生産が増大するかどうかも右判断の重要な要素となることは明らかであり、農地法二〇条二項三号の解釈についての原告の主張は、その意味では、農地法の目的をある程度踏まえたものということができる。しかし、これらの事情が判断の重要な要素となるとしても、農地法は、前記のとおり耕作者の地位の安定と農業生産力の増進との調整を図ることを目的としているから、これらの原告主張のような事情のみならず、賃貸人の自作の必要性の程度はどうか等、広く賃貸借当事者双方の諸事情を総合的に勘案し、いずれが耕作することが相当であるかを個別具体的に判断するべきである(したがって、その意味では、賃貸人の自作の必要性の程度についても、被告主張のような高度の必要性を要するか否かは、賃借人の事情とも関連して勘案すべき事情であり、高度の必要性がなければ、賃借人側の事情如何にかかわらず直ちに「賃貸人が耕作に供することを相当とする場合」に当たらないともいえない。)。

二  争点2(本件が農地法二〇条二項三号に該当するか)について

1  争点1について判断したところによれば、本件が農地法二〇条二項三号の「賃貸人がその農地を耕作に供することを相当とする場合」に該当するかどうかについては、賃借人である参加人の生計や、賃貸人である原告の経営能力等参加人、原告双方の諸事情を総合的に勘案し判断するのが相当であるから、以下、右の見地に従って検討する。

なお、本件処分は、もとより本件処分当時の事情の下にされたものであるから、その違法性の審理に当たっては、本件処分当時までの事情を検討すべきであって、本件処分以後の事情を考慮することはできない。

したがって、以下の検討に当たっても、本件処分当時の参加人、原告の諸事情を踏まえ行うこととする。

2  第二の一1の事実及び証拠(甲一ないし四、五の1、2、六、七、九の1ないし5、一〇の1、2、一一、一三ないし一五、乙六、一三の1ないし3、一五の1、2、一六の1、丙一、二の各1、2、三、四、証人B、同C)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 賃貸借について

原告の先代は、昭和の初めころ、本件農地をAに賃貸した。右賃貸借は、順次更新され、原告が本件農地の所有者となってからは、原告がAに賃貸することとし、その後、第二の一のとおり、本件処分当時においては、本件農地の賃貸人は原告、賃借人は参加人となっている。

なお、本件農地の賃料については、平成三年までは参加人が滞りなく支払っていたが、原告が平成四、五年の賃料の受領を拒絶したため、参加人は、原告の請求に応じて支払う用意をしていたが、本訴が提起されたため、平成一〇年九月二日、平成四年分から平成一〇年分までの賃料合計一六万八〇〇〇円を福岡法務局に供託した。

(二) 参加人の事情

(1) 参加人は、本件処分当時七六歳であり、肩書住所地で妻D、三男のC夫婦及びその息子二人の計六人家族で暮らしていた(Dは平成八年に死亡した。また、現在はC夫婦にもう一人子どもが生まれている。)。

(2) 参加人は、昭和一九年にDと結婚してE家に養子に入り、昭和四九年にバス会社を退職した後、平成元年ころまでは、幼稚園のバスの運転手をする傍ら、E家の所有する農地や本件農地をDと共に耕作し(なお、参加人は、本件農地で昭和五八年ころまでは水稲を作付けしていたが、その後転作対象水田として畑作を行っていた。)、大豆、グリーンピースなどの野菜を主に生産していた。平成元年、畑として使用してきたE家の所有地は処分され、その売却代金は、福岡県前原市<以下略>、同<以下略>の参加人の所有地に、鉄骨スレート葺三階建ての店舗兼共同住宅(建築当時は、CとDとの共有。

D死亡後は、Cが単独所有している。)を建築するための資金とされて、参加人が耕作する農地は、原告から賃借した本件農地のみとなった。

平成元年以降D死亡までの間は、参加人夫婦が、耕運機、噴霧器等を使用して本件農地を耕作し、従前同様野菜を主に多数の作物を生産していたが、収穫した野菜は、ほとんど参加人の家族及び参加人の長男、次男夫婦において消費し、残りを近所の人に売っており、参加人の家族が店頭で野菜を買うのは、特殊な野菜などごく少量であった。本件農地の耕作は、参加人にとって老後の楽しみであり、参加人の生き甲斐となっている。

(3) 参加人は、本件農地を耕作する傍ら、Cの経営する建築業について清掃等を手伝っており、その給与として、平成四年に三六四万円、同五年に二六四万円を受領しているほか、平成四年及び平成五年に年金を約三三〇万円程度を受け取っていた。平成四、五年当時の参加人家族全体の収入としては、参加人の給与と年金収入の他、Cが経営する不動産業及び建築業についてのCの妻の専従者給与年間約二〇〇万円の収入があるが、C自身の右事業自体は、年間約一六○万円ないし一七〇万円前後の損失があるため、年により差はあるが、差し引きおよそ六五〇万円から七五〇万円程度である。

(三) 原告側の事情

(1) 原告は、肩書住所地でB、長男夫婦及びその息子の計五人で暮らしている。原告は、祖父の代から三代にわたり、肩書住所地において米穀店を経営しており、その所得は、平成四年度が四五五万三九三七円、平成五年度が二七二万五七五八円であり、Bは、専従者給与として、右各年度に各二四〇万円の収入を得ている。原告の長男は、福岡市<以下略>においてレコード店を経営している。

(2) 原告夫婦は、かねてより米の生産に使用される農薬の害について関心を持っていたところ、昭和六〇年一〇月ころ、新聞に掲載されたタヂカラ農法に関する記事に興味を抱き、同農法の実践を試みることとした。

タヂカラ農法とは、自然塩の生成過程でできる苦土に二価鉄を混ぜて作ったタヂカラ液を人糞、鶏糞、豚糞等に撒布し、これを発酵させることにより、無臭で完熟かつ速効性のある有機肥料を作り、これを土壌に散布して土壌を改良し、土地の生産力を高めるという有機農法である。

(3) 原告夫婦は、そのころから、原告が所有する本件二(一)の各土地の一部でタヂカラ農法により耕作を始め、徐々に拡大して、平成四年ころには、約二〇アールにまで広げ、主に自家消費用として、大根、サツマイモ、菜種、ジャガイモ、麦、果実類等を生産していた。

さらに、原告夫婦は、右各土地に加えて、昭和六一年ころ、Bの実兄の息子であるFが所有する本件二(四)の土地を、昭和六三年ころ、原告夫婦の娘夫婦が共有する本件二(二)(1)及び(2)の土地を、それぞれ借りたほか、平成三年ころ、原告が所有し、Gに賃借していた本件二(三)の土地を、Gから転借する形で借り受けて、耕作を開始し、順次その耕作面積を広げていった。

(4) 原告夫婦は、本業として米穀店を経営していたため、同店の経営に支障のない早朝や昼間、夕方の時間帯を利用して農作業をしていたが、原告は農地の草刈りを行う程度で(原告は、平成四年ころは草刈機二台を所有していた。なお、原告が本件処分当時ミニトラクターを所有していたことを認めるに足りる証拠はない。)、主にBが農作業に従事していた。Bは、農具をライトバンに積んで各土地を回ってタヂカラ農法による農作業を行い、ビニールハウスや、農機具小屋、スプリンクラー等の設備は特に保有せず、耕運等のために機械や人手が必要なときは、機械を賃借したり、人を雇ったりして賄っており、平成四年当時の原告の耕作状況については、本件申請に対する前原市農業委員会作成の意見書(乙六)では「良」と評価されている。

もっとも、原告夫婦は、借地部分については、農地法三条一項に基づく農業委員会の許可は得ておらず、借地の対価も、本件二(四)の土地については、自ら生産した農作物を所有者から買い取るという形で、本件二(二)(1)及び(2)の土地については、生産した農作物を分けるという形で、本件二(三)の土地については、原告のGに対する賃料を一万円減額するという形で、それぞれ事実上支払っていたにすぎない。

(5) Bは、昭和六〇年ころから、毎月一回程度自宅に農家の若者や消費者を集め、タヂカラ農法で生産した農作物と市販品との違いを試す試食会を開いたり、比較写真などの資料を示して話し合いをするなどして、タヂカラ農法による無農薬農法を推進している。

(6) Bは、本件処分に先だって、被告側が行った事情聴取に当たって、本件申請の理由等を述べた際、参加人との紛争を解決する方法として、「後々問題が起こらないのであれば、一〇年契約をしてもかまわない。」旨述べている。

3  以上の事実に基づき、本件が農地法二〇条二項三号にいう「賃貸人が耕作に供するのを相当とする場合」に当たるか否かを検討する。

(一) 賃借人である参加人の生計等について

(1) 参加人は、個人としては、年間およそ五〇〇万円から六〇〇万円程度の収入を得ているものの、家族全体としての収入は、およそ六五〇万円から七五〇万円程度であり、これにより、六人家族全員の生活を賄っていることからすると、参加人が自己の収入全てを自由に処分することができるわけではないし、参加人が本件農地において生産した野菜は、主に参加人ら家族が消費し、参加人家族は、特殊な野菜など少量の野菜を除き、店頭で野菜を買い入れることはないというのであるから、本件契約が解約されれば、自家消費用の野菜全てを店頭で買うことになり、参加人及びその家族の生計に一定程度の影響を及ぼすことは容易に想像できる。

(2) 参加人は、Cの経営する建設業を手伝っているにすぎず(右事業の実質的な経営者が参加人であるとの原告の主張は採用できない。)、主として本件農地の耕作に従事していることからすると、参加人による本件農地の耕作自体は、老後の趣味の側面を持つとはいえるが、右(1)のとおり、本件契約が解約された場合には、参加人及びその家族の生計に一定程度の影響が生じることは、農地法が耕作者の地位の安定をも目的としていることからすれば、本件申請に対する判断に当たって、考慮すべき事情であるといえる。

(二) 原告の経営能力等について

(1) 原告夫婦は、米穀店を営む傍ら、昭和六〇年ころから、自己所有地においてタヂカラ農法により農業を始め、その後、親戚などから農地を借りるなどして徐々に耕作面積を拡大していることからすると、農業経営そのものについての原告夫婦の実績は認めることができる。また、Bは、タヂカラ農法を普及させるため、農家の若者や消費者を集め、試食会や話合いをするなど、積極的に取り組んでおり、農業に対する意欲も十分認められるから、原告夫婦には、本件農地を経営する能力はあるということができる。

(2) しかしながら、原告夫婦は、本業である米穀店を営みながらその合間に農業を行っているにすぎないこと、原告夫婦の行うタヂカラ農法による農業は自家消費用の作物生産の段階であり、実験的、研究的段階であって、これにより生計を立てていくほどの目途が立っているとまではいえないこと、前記1(三)の原告の耕作状況からすれば、本件農地を原告が耕作するとしても、参加人が耕作している場合に比較して、その収穫量にそれほど差異が生じるとも考え難いこと、タヂカラ農法の研究については、原告所有の本件二の各土地での耕作面積を拡大して行うことも可能であると考えられること、原告夫婦が借り受けて使用している土地については、農業委員会の許可を受けておらず、農地法に違反した状態であって、これらの土地は、安定した農業基盤とはいえないこと、本件処分当時、原告は草刈機二台を所有していたにすぎず、必要な機械や人手は他から調達していたのであって、農業従事者として十分な設備を有していたとはいえないことなどに照らすと、農地法の他の目的である農業生産力の増進という観点からみれば、本件農地を原告が耕作することにより、農業生産力が増進するとまではいい難い。

(3) 原告夫婦の所得、収入は、2(三)(1)で認定したとおりであり、原告の営む米穀店が赤字経営であったとはいえないから、原告夫婦が農業に力を入れなければ生計が成り立たない状態であるとはいえない。

(4) また、右(2)、(3)でみた原告夫婦の農作業の実態や、原告の営む米穀店の経営状況、被告側の事情聴取の際のBの返答(2(三)(6))からすれば、原告が本件農地の返還を受けてこれを自作しなければならない緊急の必要性があるとも認めがたい。

(三) 右(一)、(二)で検討した、参加人、原告双方の諸事情を総合的に勘案すれば、本件契約を解約した場合、参加人及びその家族の生計に一定程度の影響が

生じるのに対し、原告には農業経営の能力はあるものの、その程度は必ずしも高いとはいえないし、原告が差し迫って本件農地を耕作する必要性もあるとはいえないから、少なくとも本件処分当時においては、本件が農地法二〇条二項三号にいう「賃貸人を耕作に供することを相当とする場合」に該当するとまでいうことはできないと解するのが相当である。

三  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口幸雄 裁判官 和久田道雄 裁判官 棚澤高志)

(別紙)

物件目録

一 所在福岡県前原市<以下略>

地目 田

地積 八七六平方メートル

二(一)(1) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 山林

地積 一四七二平方メートル

(2) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 山林

地積 二二七六平方メートル

(3) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 山林

地積 三九六平方メートル

(4) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 山林

地積 一三平方メートル

(5) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 山林

地積 二七六平方メートル

(二)(1) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 畑

地積 一六五平方メートル

(2) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 畑

地積 五三平方メートル

(三) 所在 福岡県前原市<以下略>

地目 田

地積 七二五平方メートル

(四) 所在 福岡市西区<以下略>

地目 田

地積 一五二三平方メートル

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